北海道札幌郊外にある丘珠飛行場、此処に陸自は北部方面航空隊の本拠地を置いている。1942年に当時の日本陸軍が造った飛行場で、1954年に北部方面航空隊が移駐して、翌々年民間航路がスタートして、軍民共用飛行場としての運用が始まった。この頃、私も千歳市内で生まれたのだが、父が陸自パイロットとして、この地で勤務していた為である。官舎が千歳にあったそうだが、丘珠駐屯地とはかなり距離があり、当時父が何処の飛行場にいたのか、今では不明だ。私は千歳基地には行った事があったが、丘珠は一度も顔を出したことが無かった。今のように西方重視になる前、北部方面航空隊は陸自航空の最重要拠点であったのだ。故に父の時代は、北部方面航空隊長と言う役職は、陸将補が約束されたポジションだった。そんな丘珠へ行ってみた。(2025年8月 記)
↑ やはり予想通り12.7㎜機関銃を付けて、訓練展示に現れたUH-1J/41905。ご覧のように12.7㎜などの機関銃を小手する台座は、機体の内部ではなく、胴体側面と下部にフィットするように固定されており、機関銃本体だけで38kgもあるM2を支える。銃が無ければ、この器具を付けても扉は締まるように出来ているが、機関銃を固定した後は恐らく扉は開けたままとなる。
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↑ 地上展示されたUH-1J/41828は師団飛行隊所属の機体で、”XI”の文字から、第11旅団傘下の第11飛行隊のUH-1J。第11飛行隊も丘珠を拠点としている。
↑ 映像伝送装置を付けた北部方面ヘリコプター隊の2機のUH-1J。手前に置かれたUH-1J/41850には第1飛行隊のマークが貼られている。奥はシリアル1つ違いのUH-1J/41849。
↑ 札幌市の北西部に位置し、市中心部から地下鉄で直ぐに行ける場所だ。民間のターミナルとは別に陸自は飛行場の一角に管制室を運用していた。
↑ 日本で唯一の機甲師団である東千歳の第7師団傘下の第7飛行隊所属のUH-1J/41915。この機体以外に第7飛行隊所属のUH-1J/41881、/41905等が確認された。
機首に北部方面ヘリコプター隊第1飛行隊のユニコーンのマークを付けたUH-1J/41810。量産10号機で、今回、丘珠駐屯地で見た最も生産番号の古いUH-1Jだった。飛行隊判別用のステッカーを付けているUH-1は各方面隊でも少なくなっているが、丘珠にはこのステッカーの機が3機いた。只 機体の左側面には第1飛行隊を示す新マーク”I”が書かれていた。
↑ UH-1J/41849も映像伝送装置を付けているが、左胴体下部に付いている大きな円筒形のものが、捉えた映像を地上に送る伝送出力部分である。
↑ 陸自ヘリ部隊恒例のリぺリング降下の訓練展示。機体の左右側面に待機した隊員は、メインスキッドと呼ばれるUH-1Jの接地バーに足を掛けて、左手でロープ、右手はカラビナと呼ばれる金具をコントロールしながら、ブレーキを効かせながら降下する。
↑ 会場中央にいたUH-1J/41913も離陸して、目の前で左回頭。かなり近い距離ではあったが、UH-1Jのダウンウォッシュは小さい為、観客席まで影響があるわけではない。ダウンウォッシュが小さいことの利点は、リぺリングなどの際に地上の人員に影響を与える事無く、10mぐらいまで地上に降下する事ができる事である。
↑ 左回頭して後方へ移動するUH-1J/41905の胴体側面には銃座が既に付けられていた。恐らく訓練展示でブローニングのM-2 12.7㎜機関銃が付けられるのであろう。
↑ ホバリングして左回頭する北部方面ヘリコプター隊第2飛行隊のUH-1J/41905。胴体後部の”>”マークが、飛行隊識別マークだ。
↑ 離陸し左回頭する第11飛行隊のUH-1J/41901。メインスキッドに白いテープのようなもので、印をつけているのは部隊識別の為か・・・・
↑ 上空乱気流の為に観閲飛行は中止になったが、訓練展示の為にエンジを始動し、離陸準備を開始したUH-1J/41913